『桂よ。わが愛その死』~森村桂さん二度目の夫・三宅一郎さん

『桂よ。わが愛その死』~森村桂さん二度目の夫・三宅一郎さん

森村桂さんの二度目の夫の三宅一郎さんは『桂よ。わが愛その死』という本をお出しになっています。

森村桂さんの死を語った本

それを私は偶然インターネットで発見してアマゾンの中古本で買いました。

見つけたときは、購入するのを悩みました。

だって書いたのは森村さんでなく、三宅一郎さんでしたから…。

作家ではなく、ただ森村さんの夫だということで、執筆したものが果たして読み物としてどうなのか心配でしたから。

長い間、悩みましたが、とうとう『桂よ。わが愛その死』を購入する決心したのは、
それは森村さんの死の真相がわかるかもしれないという好奇心には勝てなかったのです。

『桂よ。わが愛その死』が届いて読んでみますと、中身は壮絶な内容でした。

出会いは知人からの紹介でお見合いしたこと、普通お見合いでの結婚ならできるだけ好条件の人を選ぶものですが、
この三宅一郎さんは他の人と違っていて、自分は初婚であるのに、再婚で年上の森村さんと、
この方は結婚する決意をするとは何故なのか?

それは『桂よ。わが愛その死』を読んでもその心理を紐解くことはできませんでした。

でも、これに関しては、森村さんの持つ不思議な童女のような魅力に魅入られたとしか思えません。

本の中身は、前半は結婚から新婚生活のことで、森村さんの支離滅裂な性格に困り果てながらも、
どうにか夫婦としてやっていく様子が書かれていました。

しかし、夫婦というより三宅一郎さんはまるで森村さんの父親でした。

最初は三宅一郎さんのお給料を渡され、やりくりしていましたが、必死になりすぎて頭が腐りそう、
と豪語してその結果、三宅一郎さんが家事をするようになり、おんぶしてもらったり、頭をなでてもらったり、
それは森村さんが早くになくなってしまった父親の存在への憧れだったのでしょうか。

それでも取材で二人で海外に行ったり、軽井沢でティールームを営んだり、そしてなんと皇后様まで来てくださって、
普通の人では出来ない望みをかなえられて幸せに見える風景でした。

それが後半になると森村さんは妄想に取り付かれて指圧に依存、その指圧をしてくれる人自体に依存し、
書いていることが良くわからないのですが突然森村さんは精神を病んでしまうのです。

そこから三宅一郎さんの苦労が始まります。

森村さんをだます人がいたり、精神を病んでる森村さんは気がつかないで依存する、
もともと森村さんは自分が依存したり、人からは依存される人でした。

お母さんともそういった関係で、決して愛情をたっぷり受けたわけではないので、母親から離れられない、
母親も娘を手放そうとしない。

三宅一郎さんは、森村さんの病気はこの幼いときの愛情不足が原因だと医師からの判断を信じました。

けど、医師は森村さんのは性格で病気ではない、とも言われました。

意外とそれはあたっているかもしれない、と私は思いました。

森村さんはあまりにも多くの人に支えられて、それはときには支配するほど影響力を持っていました。

大きすぎる力はいつか暴走して壊れる運命を持ちます、森村さん自信は決して悪気はなく、
ただ他人と考え方が違う、他人とものさしが違う、そのせいでこの世と上手く折り合いがつかない、
この世に生きるにはあまりにも不安定な人でした。

森村桂、復活のための二人目の夫~三宅一郎氏との再婚

森村桂、復活のための二人目の夫~三宅一郎氏との再婚

森村桂さんは、生涯で二回の結婚をしました。

本来彼女は、結婚は一生に一度と強く思っている人でした。

離婚反対論者といっても良い人でした。

森村さんは亡くなったお父さんが大好きでした、しかし早くに亡くなってしまい寂しい思いをして、
片親の寂しさをつくづく感じていました。

そのせいか、離婚すれば子供が不幸になる、だから離婚は罪、とさえ考えていました、自身は子供がいなかったのにもかかわらず。

だから、最初の夫と離婚するときには激しく傷つきました。

森村さんは離婚したくなかったのに、最初の夫のほうから離婚をつきつけられ、
その時何故か森村さんは夫によりを戻すよう、素直にいえなかったのです。

それは、もうひとつの学校で人は自由に生きるべき、
と学んだことで今まで夫の言いなりだった人生はおかしかったのだと自覚してしまったからです。

だから、泣いてすがるようなことはもうしたくない、と考えました。

しかし、離婚後森村さんは激しく後悔します、何であの時泣いてすがらなかったんだろうと。

その後、山下さんに気を使う必要が無い生活のせいか、身体は健康になっていくのですが、その代わり、心を病んで生きます。

食欲が無く、髪の毛が抜けて10円はげまでできて、小説も書けない。

唯一の家族であるため、母親は当り散らされる日々に恐れをなして、知り合いに森村さんの見合いをお願いします。

そこで紹介されたのが三宅一郎さんでした。

最初森村さんは、三宅一郎さんが好きではありませんでした、しかし自分が頼れるのはこの人しかいない、
と必死で結婚してもらおうとします。

もう自分は若くない、誰も結婚してなどくれない、だから誰でも良かった、と自らの本で告白しています。

そんな心身ともにぼろぼろ状態の森村さんを、不思議なことに三宅一郎さんは結婚を承知して、全てを引き受けます。

森村さんとの結婚は、聞いただけでも過酷なものでした。

森村さんの母親との確執、森村さんの前夫への未練、森村さんの母親への依存、森村さんのうつ発症、
借金問題もあったと聞きます。

ただでさえ、森村さんは普通の人とは感覚が違う人なので、ついていくのはかなり難しいはずです。

それでも、この三宅一郎さんという人は、決して森村さんを見捨てることなく最後まで添い遂げた人でした。

森村さんがいうにはケチで酒飲みで風采があがらないタイプとありましたので、
どうもそんな大変なことをやり遂げた人に思えませんでした。

私は三宅一郎さんとであったのも森村さんの願いをかなえる力と運だと思います。

もし、彼に出会わなければ、ずっと不幸だったでしょう。

森村さんが復活するには、三宅一郎さんと出会うのが不可欠だったから出会ったのだと信じます。

復活のための二人目の夫

森村桂とニューカレドニア~願いをかなえる才能を持った人

森村桂とニューカレドニア~願いをかなえる才能を持った人

森村桂さんは実に不思議な人で、それは学生時代の話を聞いただけでも思います。

あまりにお金持ちばかりいる学校に入学したため、同じレベルの贅沢ができない彼女は、自分なりに身を守る術を編み出しました。

それは、哲学書を読み、英語の辞書を片手に勉強している風を装い、言葉遣いは乱暴に、
服装も汚いものをわざと着て、そのくせ授業のときはノートもとらず、授業もろくに聞いていない異端な存在に徹しました。

すると、その森村さんの様子に憧れる生徒も増えて、取り巻きができるまでになったのです。

自分で自分の身を守るために自分をプロデュースして他人をひきつけるなどなかなか成功するものではありません。

これは森村さんだからこそできた戦法でした。

彼女は願いをかなえる才能に恵まれた人でした。

だって、効率のいいアルバイトは無いものかと、考え出したのが、当時まだ無かった学習塾。

場所は教会を借りて、夏休みの宿題を教えます、と口コミして生徒を集めて自分たち学生が教師になって勉強を教えるのです。

次にボランティアを熱心にやりすぎて、就職活動に乗り遅れ、しかも試験に落ちてばかりで仕事が決まらない。

しかし、何とか有名雑誌社が求人募集しているのを聞きつけて、応募して、失敗ばかりの面接であったにもかかわらず、
社長に気に入られて合格して憧れの雑誌社に入社できました。

その雑誌社を辞めたとき、ニューカレドニアの存在を知り、この島は世界で一番最初に太陽が昇る島だと知って、
この島こそが亡き父の言ってた天国に一番近い島なのだと信じて、まだ観光地にもなっていないニューカレドニアなので、
ニッケルを採掘している運搬船を持つ会社の社長に乗せてくださいとの手紙を出しただけでニューカレドニア行きが決まりました。
近距離の引越し。格安プランには、こういう種類があります http://www.xn--68j302loe3apjaj7ffwq.com/
もし、一番近い島に引越しするなら、赤帽などの相場を調べましょう。

ニューカレドニアから無事帰ってきて結婚したい気持ちになり、めぼしい男性を探しますが、誰にも相手にされず、
またニューカレドニアに行って永住しようか、と思っていた矢先に最初のご主人と会い、電撃婚となります。

他にももうひとつの学校を作るときにも、協力してくれる教授が現れ、できるはずの無い学校が実現します。

しかし、学校が原因で最初のご主人と離婚することになり、森村さんは、死を意識するまで傷つきますが、
次のご主人M・一郎さんと出会い再婚して立ち直ることができました。

その他にも、M・一郎さんとの結婚式もホテルで執り行いますが再婚にかける森村さんの
およそ聞き届けられないであろう贅沢なお願いをホテルシェフにしたときも、叶ってしまいます。

これは彼女のもって生まれた才能と運としか思えません。

他の人ではありえない運を森村さんは持っていました。

しかし、その強すぎる運のためなのでしょうか、他の人ができることができない、
他の人が当たり前に持っているものを森村さんは手に入れられない、こういった不幸も持っていた人でした。

願いをかなえる才能を持った人

『愛という魔法のお菓子』~面白くて悲しい作品

『愛という魔法のお菓子』~面白くて悲しい作品

森村桂さんの通っていた学校は学習院で、皇室の方々が通う学校です。

そのためか皇室の方々と交流がありました。

詳しい経緯は知りませんが、現在の皇太子様の結婚式のとき、
ウェディングケーキを森村さんが作っていたのは有名な話です。

テレビで私も偶然見ましたが、スポンジケーキの種を手でこねていたのにはびっくりしました。

しかし、私は森村さんらしいと思いましたし、いかにも美味しそうなケーキができそうにも見えました。

森村さんはお菓子が大好きなだけでなく、ケーキ作りも大好きでした。

お得意のケーキはパウンドケーキで、当時は日本の粉はうどん粉だから、美味しいケーキには向かないらしいのです。

だから、森村さんはフランスの粉を使っていました。

ケーキにだけ特別にナポレオンなどの高いお酒を使うなど、ケーキを美味しくするこだわりは特別もってもいました。

それは、森村さんが得意とするお菓子を小説の題材にに使うほどでした。

タイトルは『愛という魔法のお菓子』。

いつも自分の身近な出来事を小説化する森村さんにしては、珍しく物語り風なつくりでした。

面白くて悲しい本

でも、その本の内容は森村さんがもし、今の旦那様と結婚していなければ、他の男性と結婚していたらどうなったか、
と、森村さんが想像したものを書いたような感じでした。

ここに出てくる旦那様とは元夫の山下ジロウ氏です。

物語の最初は山下ジロウ氏がケンカして出て行ってしまい、残された桂さんはさび付いたオーブンでお菓子作りをはじめます。

お菓子が焼き上がりオーブンを空けた瞬間、森村さんは、昔好意を持っていた男性と再びめぐり合い
プロポーズされて結婚するのですが、最初は上手くいって幸せになるか、と思えばいつの間にか結婚生活が駄目になっていきます。

それは初恋の人であったり、学生運動をしていたボーイフレンドであったり、昔告白してくれた人であったりと、
複数の男性との結婚を次々行うのですが、家柄の違いで夫の実家でいじめられるとか、
自分を理想化していたボーイフレンドが実際に結婚してみれば興ざめするとか、
石油王となった彼には自分以外の妻がいたとかどうにも上手くいかない結婚生活で。

そして最後に山下ジロウ氏が現れます。

最後にはやっぱり貴方が一番という締めくくりで終わります。

これは森村さんが離婚した最初の夫である山下ジロウ氏とまだ婚姻中の作品です。

一見夫婦喧嘩は犬も食わないお似合いの夫婦を描いているようにも見えます。

しかし、最初のくだりの二人のケンカは、山下さんが森村さんの作る料理に文句をつけますが、
それは妻が小説を必死で書いていているのを嫉妬してるからだといいます。

山下さんは異常に嫉妬深く、それは森村さんの仕事に対しても嫉妬し、だからといって森村さんが仕事しなかったら、
また良くない、という大変やりにくい人だったのです。

森村さんは、当時山下さんの怒りを買わないよう気をつけながら執筆していたと聞きます。

離婚してからそのことを知り、ああ、あの違和感はそのためだったんだ、と私は思いました。

だって小説家の仕事をしている妻に嫉妬して食事に文句をつけてケンカをけしかけるなんて
あまりにも子供っぽいというかやりたい放題というか。

冷静に考えるとあんまりな夫でした。

しかし、それでもそばにいてほしい森村さんはこのようにまとめるしかなかった。

『愛という魔法のお菓子』はとても面白い作品なのですが、それを知ってしまうと悲しくもある作品です。

森村桂『それでも朝がくる』~新婚旅行に持って行った離婚の話。

森村桂『それでも朝がくる』~新婚旅行に持って行った離婚の話。

『天国にいちばん近い島』を読んで以降、森村さんの本を2,3冊買って手に入れましたが、
当時は今のようにネットで好きな本を買える時代ではなくて、そのせいで本屋で偶然見つけるしか方法が無いので
お目当ての作家の本でも数多く手に入れるのは難しかったです。

だから、皮肉なことに森村さんの本を数多く手に入れたのは森村さんの本が絶版になってネットが普及した後でした。

つまり中古本を手に入れたのです。

『それでも朝がくる』。
この本は偶然私が結婚式を控えた時期で、新婚旅行に旅立った先で退屈しのぎに読む本を探しに本屋さんに言ったとき、
見つけた本でした。

森村さんの本にしては『それでも朝がくる』とは暗めのタイトルだな、と少し中身を見てみました。

すると、なんと森村さんの離婚にいたるまでの話だったのです。

これを買うのは躊躇しました。

興味があるものの、これから結婚しようとしている女が離婚した話の本を買うか?と思いましたが好奇心には勝てず、
結局買ってしまいました。

それもあったのは下巻のみです。

その後、ネットの普及で上巻も手に入れましたが。

でも下巻だけでも困らない内容ではありました。

詳しいことはわかりませんが、思うところがあって、森村さんは暮らしの学校を作る決心をしたところから始まりました。

昔学びたくても貧しくて学べなかった、女性だから学問は無用とされていた人たち、
何かやり遂げたいと思う人たちのための生活に役立つ学校を作ろうと一大決心してしまったのです。

最初、夫の山下さんは暮らしの学校に大賛成でした。

それも生徒をできるだけ多く自宅に引き取って学ばせるべきだとまで豪語しました。

最初は若い女の子が家でただ一人の男性である山下さんに対してちやほやしてくれるのでご機嫌だったのですが、
難しい弓ちゃんという子が入ってから森村さんはその子につきっきりになり、嫉妬から雲行きが悪くなっていきます。

山下さんという人は自分がお山の大将でないと気がすまない駄々っ子のような性格の人でした。

それまで、森村さんは、山下さんのそんな性格を知って彼の思いどおりに暮らしてきました。
しかし、暮らしの学校で、人は思いどおりに生きるべき、と学び考えに変化が現れ、
いつしか山下さんに対しても以前と違う扱い方になっていったのです。

そこから物語は離婚へと発展していくのです。

そして話の後半に離婚してしまう森村さんは、死にたいと思うほど苦しみます。

離婚したくなかったのに離婚してしまった、離婚は罪だと信じていた森村さん自らが
離婚したことに耐えられない苦しみを味わいます。

しかし、彼女はいつも誰かが救いの手をさし伸ばしてくれる、そんな運を持った人でした。

そのときも、お見合い話が来て、森村さんと結婚してくれる男性が現れます。

まだ本当に好きではないけれど、きっといつか好きになれる、そんな終わり方でした。

これが作り話なら、次の人こそ本当に愛せる人になるんでしょうが、現実はそんなに甘くないのです。

私はこの話を新婚旅行のハワイで読んでみて、人生の教訓のひとつにしようと思いました。

新婚旅行に持って行った本

役立つかどうかは知りませんが、こういった離婚の形もあるのだ、こんな出会いの結婚もあるのだ、と思ったのです。

森村桂、一人目の夫との苦労話~電撃婚ののちに

森村桂、一人目の夫との苦労話~電撃婚ののちに

森村桂さんの作品で『天国にいちばん近い島』についで有名な作品といえば『ふたりは二人』が良くあげられます。

森村さんの結婚が決まり、結婚式の準備から新婚生活を描いた作品です。

夫の名前は作品の中では山下ジロウさんとしていました。(多分偽名ですね)

その後、離婚されるので元夫ですが、その人との人生は読むほうとしてはかなり興味深く
物語性にあふれているので本にするには最適なお相手だったのでしょう。

何せ、最初の出会いからして森村桂さんの『天国にいちばん近い島』を読んで感動した山下さんは、
桂さんを訪ねてきて意気投合し、3回目会った日に山下さんは結婚を申し込むという電撃婚でした。

そしてとんとん拍子に話が進んで行き、お互いのことをほとんど何も知らないままに結婚してしまう…
まさに作ったお話のような結婚物語です。

しかし、話が進むにつれて、夫の人となりがわかってきます。

森村桂さんは本来ロマンチックな夢見る人でありました。

それなのに、婚約指輪は駄菓子やで当てたルビーの指輪にしようとするし、桂さんの誕生石のトルコ石に治まったものの、
売り手が友達だから支払いをつけにしようとする。

新婚旅行に行くかどうか聞いてきて、当然行くものと信じてた桂さんは「行きたい」といって
何とか2泊3日の軽井沢行きが決まったものの、結婚式が終わった次の日めんどくさいから辞めよう、といわれます。

その後も執筆の仕事が忙しい桂さんの状態を知りながらも、毎晩友人を連れてきてはマージャンして騒ぎ、
桂さんは複数の男性のお世話でへとへと状態。

山男で友人が多く、男気を出したがる癖があり、すぐに友人におごりたがる、
そんな山下さんですからいつもお給料がそこをつく生活でした。

それなのに、今度はお金のかかるスポーツのゴルフに懲りだし、生命保険を解約してゴルフの会員にまでなります。

そんな山下さんの世話だけでも大変なのに、それに加えて桂さんのお母さんもがややこしい人でした。

桂さんのお母さんという人は当時の母親像とは大きくかけ離れた人で、女性であっても勉学を学んで自由に生きるべきだ、
との思想を持つ人でした。

その信念が強すぎて娘である桂さんを犠牲にする人でもあり、話の中でも桂さんが体調が思わしくなく、
結核かもしれないと思い、お母さんを頼ったのですがヨーロッパ旅行を計画中だったお母さんは、
娘が結核の疑いがあっても自分の元気なうちに絶対いく、といって聞かない人でした。

それどころか、桂さんが栄養失調だと知り、食べればいいのよ、とだけ言ってヨーロッパ旅行の支度にかまけて、
家事は桂さんにお任せな母親だったのです。

手のかかる二人に囲まれた生活を桂さんはいかにも楽しそうに描いていました。

最後には一周年を三人で向かえて大団円のように締めくくって、
いろいろありましたが私たちはそれなりに幸せにやっていますのような雰囲気で終わらせていました。

でも、この作品は桂さんはあまりに悲惨な新婚生活だったから自分は夢を書いた、
と後の作品で明かしました。

森村桂さんの当時の夫・山下さんは徹底した亭主関白でした。

どんなに桂さんが間違っていないと信じた言葉でも山下さんと意見が食い違うと、
ひどく叱り飛ばされる、そんな生活でした。

私自身はこの作品を読んだときは、私にはこんな男性とは到底やっていけない、としか思えませんでした。

けれど、作品としてはそのほうが面白く読めてしまうとは…。
しかも人気が高い作品とは、皮肉な結果です。

一人目の夫との苦労話

森村桂さんの「世界で一番美味しかったケーキ」とは…?

森村桂さんの「世界で一番美味しかったケーキ」とは…?

森村桂さんの本の多くにお菓子の話が良く出てきます。

森村桂さんはお菓子が大好きで、特に洋菓子好きなのです。

だから甘いお菓子好きな人にはぜったいにうれしい本でした。

森村さんの本が沢山売られている時代は、お菓子について書かれている本などあまり見かけない時代でしたから。

かく言う私も甘いお菓子が大好きだから余計に彼女の本を買いあさりました。

森村桂さんの本ではお菓子に対する愛情が本当によく感じられます。

たとえばケーキを最高に美味しく食べるには最高のタイミングが大事、それは出来立てすぎでも置きすぎでもだめです。

美味しく食べられる絶妙なタイミングでケーキを食べると最高に美味しい瞬間に出会える、そのようなお話が山ほど出てきます。

森村さんの考えでは、美味しいケーキには魔法がある。
その人によって、それは幸運をもたらしたり、または不幸をもたらすこともある。
美味しさの中に危険さえ存在するケーキは魔法の食べ物。

…森村桂さんだからこその独特の世界観です。

いろんな美味しいケーキを食べたいと考え、外国までいって食べ歩きツアーをして満喫するのですが、
しかしどんなに美味しい世界中のケーキを食べ歩いても、森村桂さんの中で一番美味しかったケーキは、日本にありました。

それは、彼女の父親がまだ存命の頃、売れない作家時代に久々に来た仕事があり、
彼女はその仕事で得たお金でしばらくは困らないで一家が暮らせると喜びました。

それというのも、一家の生活費は父がまかない、母親は生活費を稼ぐどころか、
お金が入るとすぐに散在してしまう癖がある主婦失格な母親でした。

だから、森村桂さんは子供ながらに森村家の家計を常々心配する癖ができていました。

そんな彼女の心配をよそに、父親は仕事でいただいたお金の多くでケーキをお土産に買って帰りました。

当時ケーキといえば、かなりの高級品で、父親としてはたまの贅沢を味あわせたい気持ちだったのでしょう。

しかし、森村桂さんの気持ちは怒り心頭で、

「何でこんなもの、今回の仕事のお金があれば一週間は食べる心配がいらない」

と父親に対して怒りをぶつけてしまいます。

でも父親も母親もたまにはいいじゃないか、の態度でした。

結局怒りながらも桂さんはケーキを食べます。

その場で決して美味しいと口には出しません。
そりゃ高いんだもの、美味しくて当然よ、と憤慨しながら食べました。

けど、それからお菓子を求める旅が始まったと森村桂さんご本人はいいました。

あのときの父親が買ってきてくれたケーキを超える美味しさのケーキに桂さんは出会ったことが無いのでした。

だってあのときのケーキは父親が家族のためを思って買ってきてくれた愛情あふれるケーキだったから、と彼女は思うのでした。

それでも、それ以上に美味しいケーキに出会いたい!
彼女はそう思い、次こそは出会えるかも、と期待しつつケーキを食べ歩いていたに相違ありません。

世界で一番美味しかったケーキは

アパート経営は楽じゃない!~森村桂さんとお母さんの苦悩

アパート経営は楽じゃない!~森村桂さんとお母さんの苦悩

森村桂さんの作品の中でなかなか興味深い作品があります。

タイトルは「お隣さんお静かに」。

アパート経営は楽じゃない

お話の中身は、森村さんのお父さんが亡くなり、作家であった父親の印税が入ってきた。

金額は80万円。

当時のお金ですから、現在の値打ちとしては10倍くらいでしょうか?

このお金をどう使うか森村桂さんとお母さんは悩みます。

桂さんはこれからどんどんお金が必要になっていく、だからこれからの生活のために80万を使おうと考えます。

森村さんの父親は家族の生活のためにアパートの家賃で食べていけるようにアパートを建てておいてくれました。

そのおかげで、父親が亡くなった後でも森村さん母娘は食べていけたのですが。

しかし、アパートが次々建っていく時代、古くなった我が家を改めて建て替えして
流行の二部屋ある部屋を建ててこれから苦しい時代に備えようと考えます。

ここで驚きなのは当時の日本の暮らしぶりです。

4畳半や6畳一間が当たり前な時代という今では考えられないほど狭い部屋に夫婦二人、
もしくは家族3人か4人が暮らしているのです。

そんな中で二部屋あるアパートは贅沢なほうだったのです。

4畳半のお値段が8000円から9000円ほどで、礼金3万円敷金2万円と住まいの値段よりも
礼金敷金のほうが俄然高い金額なのが印象的でした。

このお話のメインは部屋を借りた住人達です。

アパートの大家さんである森村さんですが、家賃収入で暮らすのも大変だな、と思える出来事が山ほど出てきます。

一人暮らしの女医さん、30歳くらいで独身、職業が医師ならば、生活に困ってはいないはずなのに、家賃の支払いが悪い。

払ってくれるよう催促しても自分がいる時間に取りに来ないと支払ってくれない、
納得がいかないと踏み倒すなどやりたい放題なのです。

次に入ってきたのが会社経営しているという中年男性、けれどこの男も口では絶対支払う、
といいながらアパートの家賃4か月分を全部踏み倒して去っていきます。

しかし、そんな住人ばかりではなく、ホステスをしている女性は意外ときっちりしていて言わなくとも家賃を先に支払ってくれる、
おまけにおすそ分けもしてくれる、と好感の持てる住人なのです。

けれど次の人生を考えていてさっさと森村さんのつつじ荘を出て行きます。

ホステスさんに良い印象をもった森村さん母娘は、次の住人にまたホステスさんを入れます。

そこからが最大に森村さん母娘の困難が始まるのですが…。

一般の人には知られていないアパート経営の悩み。
家賃収入は一般の人にはうらやましく苦労が無い世界に思えますが、内情は大変なんだな、と考えてしまう作品でした。

そして当時の建物のいい加減な作りや、いい加減な考え方、そして何処か当時の人情も感じられる作品だったのです。

森村桂さんの魅力~人生を小説として描いた人

森村桂さんの魅力~人生を小説として描いた人

『天国にいちばん近い島』を読んでから森村桂という作家に興味がわき、本屋にいけば、その名前を探していました。

今では森村さんの本は全て絶版になってるようですが、私の子供の頃であれば、
まだ森村桂のコーナーがあるほどの人気作家だったのです。

けれど小説といっても、ご自分の人生を赤裸々に描いた作品ばかりでした。

自分と同じ作家だった父親が早くに亡くなり、一家の大黒柱を失って家は一気に貧しい暮らしになり苦労した学生生活。

卒業してもなかなか就職ができず、ようやく一流出版社に入社できたものの、思うような仕事はさせてもらえず、
身体も弱くて結局ついていけずに退社することになったりと苦労が絶えない話ばかりでした。

なのに彼女は不思議な人で、そんな苦労話を暗く悲しく描くのではなく、いうなれば「え~、こんな人もいるんだ、
この人に比べればまだ私なんてマシかも」と明るく励みにできる内容なのでした。

といっても、昨今によくあるように家族崩壊とか殺人につながるようなどうしようもなく暗い話ではなく、
等身大の悩みで丁度良い苦労話なのが、彼女の物語の魅力でした。

しかし、彼女の人生は普通とはいえなくて、学校にしても皇室の方々がお入りになる学習院。

ですから周囲の友達は皆お金持ちぞろい。

その中でぽつんと一人貧乏な彼女という構図で、周りと違う自分が常に辛かったようです。

でも、森村さんは、その辺は強くて、貧乏を逆手にとって真っ黒な服を着込み、少し悪ぶった発言をしてみたり、
気に入らない講師の授業はボイコットするなどして、突っ張ったふりで周りを圧倒させたそうです。

その結果、彼女に憧れる生徒もできて一緒にボイコットしたりして、行動をともにしてくれる友達もできたらしいのです。

お金で叶わない思いをしても、それを逆手にとって自分を有利に見せる、そんな技を持っていながらも内心は孤独である、
と彼女は言いました。

自分の行動に賛美してくれる人がいても、高いバッグや靴や服など見せ付けられるとやはり惨めさは隠せないし、
結局みんなそちらに戻っていく自分はこの学校で異端な存在だと認識していました。

彼女が異端なのは、学校生活の中だけでなく、社会に入ってからもそうでした。

森村さんが憧れ入社した出版会社、そこでも彼女は特別な存在でした。

最初彼女は、会社に入れば人生安心だと信じていました、だから入社できて本当にうれしかったのです。

しかし、彼女はそそっかしく、不器用で、気も利かない、そんなトンでもない新入社員でした。

それは聞いていても、困った人でした。

雑誌に載せるための写真撮影用の高価なカップをいくつも割ったり、ミシンを使えるとうそを言ったため任され、
うまく縫えないのでミシンが悪いと解体したり、身体が弱いのに鉄のように頑丈だとうそを言って入社にこぎつけたのに
一ヶ月に何度も欠勤するそんな問題社員でした。

それでも、何処か憎めない魅力の持ち主の彼女は、他の社員さんから愛着を感じられていつまでもいていい、
とお墨付きをいただける不思議な存在でした。

しかし、本人は失敗するたびに落ち込み、どうして自分は他の人と違うのだろう?と悩んでしまうのです。

普通の人とは違うから魅力があるけれど、本人は普通の人になりたい、これはかなり深刻な悩みです。

森村桂さんの本を読んでみると、明るい魅力的な文体であるのにもかかわらず、
彼女の悩みの深さが感じられて何処か悲しさを感じてしまうのは私だけではないでしょう。

人生を小説として描いた人

『天国にいちばん近い島』~森村桂さんの作品との出会い

『天国にいちばん近い島』~森村桂さんの作品との出会い

私が森村桂(もりむらかつら)さんの本に出会ったのは、まだ小学校の頃です。

夏休みに図書館に行き、もう帰ろうと出入り口近くの棚に一冊の単行本が無造作に置かれていました。

その頃は、まだ小説を読むなんて気持ちはさらさら無い頃でしたから、
そんな地味な単行本など興味を示すはずなど無かったのですが、あまりにタイトルが印象的だったもので、
つい手にとって眺めてしまいました。

小説のタイトルは『天国にいちばん近い島』。
小説の内容は知らなくとも、このタイトルは耳にしたことがあるのではないでしょうか。

森村桂

その後、ニューカレドニア島への旅行のキャッチコピーとなり、映画のタイトルにまでなった言葉です。

その頃の小説は文字数がやけに多くて、文字自体も小さい子供には読みにくい難しいものでしたが、
この本は小説にしては文字数が少なくて内容もわかりやすくて小学校の子供であっても十分理解できる本であったのを覚えています。

図書館の出入り口で立ったまま『天国にいちばん近い島』を読んでいる小学生の私。

でもさすがに全部は読みきれず、大まかにだけ読んで再び棚に戻し家に帰りました。

何となくですが、感動しました。

それまで小説とは、作家が考えた物語を書いたものだとばかり思っていましたが、
森村桂さんの書いたものは、自分の人生でした。

作家である父親はすでに亡くなり、母と二人暮らしで大学を卒業したものの就職も上手くいかず、
ふとしたことでニューカレドニアの存在を知り、それは地球上で一番最初に朝日が昇る場所。

それ知った彼女は、ニューカレドニアこそが亡き父が言っていた、天国に一番近い島なのだと確信するのです。

思い立てば即行動する彼女は、当時ニューカレドニアへ行くには貨物船に乗るしか方法が無くて、
船会社の社長に手紙を書くことをします。

なかなか返事が来なかったものの、忘れた時期に、了承してくれるお返事をもらい、あきらめていたのに、
と感動してニューカレドニア行きを決めます。

船の中での船員達との語らいや、ようやく島に着き、これから楽しい旅が始まるのか、と本人は期待しますが、
当時観光地でも無いニューカレドニアに若い女性が一人で来るなど企業スパイではないか、
と疑われ同じ日本人からも不審の眼で見られるなど、思うようにことは進まないのです。

けれど、日本を始め統治しているフランスや白人達のような文化的な生活をする人たち以外の原住民達と徐々に親しくなっていき、
友情を深めていきます。

そこで林氏やワタナベ氏と出会う、特にワタナベ氏との友情はこの物語に欠かせない。

森村さんが何気なく、ワタナベ氏にボンジュールの言葉をかけたことから、ワタナベ氏は森村さんに好意を抱き、
何かしら力になってくれる。

それというのも、彼は日本人とフランス人の母との混血で、
軍隊にまで行ったのにフランスの国籍も日本の国籍ももらえず無国籍の人であった。

それまで日本人に気軽に挨拶などされたことが無かった彼は初めてボンジュールと声をかけてもらっていたく感激し、
これ以降森村さんの力になってくれるのです。

その辺のお話は涙が出るほどの感動物です。

フィクションではなく、実際のお話でこれだけ感動できる体験ができる森村さんは特別な星の元に生まれたとしか思えません。

そして、その後に旅行会社で偶然見たニューカレドニアのキャッチコピーを見て驚きました。

そうです、「天国にいちばん近い島」と大きく書かれていて、これは森村桂さんの言ってた言葉、
そして後に映画化にもなったのです。

偶然立ち読みしたことで、森村桂という作家は私の中で強い印象を残しました。